Cute Movies
私の亡くなった祖父は立派な家風呂があるにも関わらず、銭湯に通うのが大好きだった。
広いお風呂が大好きなのだなぁと思っていたが、
どうやら理由はそれだけではなかったようだとこの映画を観ていたら思った。
舞台は中国北京。
都会で暮らすターミンは、まるで避けるかのようにしていた下町の実家に何年かぶりに帰る。
弟から届いた葉書がきっかけだった。
知的障害を持つ弟の描いた横たわる父の姿。
何かあったのかと勘違いしての帰郷だった。
銭湯のような大衆浴場で大勢で湯船につかる風習というのは、
世界では一般的なことなのだろうか。
欧米にそのような習慣があることは聞いたことはないが、
少なくとも日本と中国には共通の風習のようだ。
大きな浴槽。立ち上る白い湯気。
体を洗い、湯船につかり、疲れを癒す。
日本で見られるのと同じような風景をこの映画の中にも見ることができる。
時に身の上相談室、時に唄の練習場。
老人たちにいたっては、大切な憩いの場に他ならない銭湯「清水池」。
区画整理のために取り壊される予定の銭湯を舞台に
経営者である親子とそこに集う下町の人々の日々が綴られる。
時が流れ、時代が進んで行くことで、わたしたちはたくさんのものを得る。
その一方で、失われていくものがあることも確かだ。
人や場所、風景、時間。
何気ないと思っていたものが実はとてもかけがえのないものだったりする。
この映画は、その失われゆくかけがえのないものに対する哀感にあふれている。
障害をもつ弟が唄う最後のシーン。
わたしは、失われゆくものへの敬意とそれを胸に強く生きていく決意とみた。
なんて、
ちょっとセンチメンタルな気持ちになった映画でした。
text by... ris
2001/06/30